【客入れ】
携帯でメールを打つ音と着メロの音が途切れ途切れに聞こえる劇場。
客電ぼんやりついている。
舞台上の黒いイスがスポットに照らされている。
(イスを中心とした半径約1mの光の円)
【開演】
メールを打つ音にキーボードを叩く音が重なってくる。
客電、舞台上のスポット、同時にF・O
パソコンの起動音が聞えてくる。
それは、いくつものキーボードの音と重なり徐々に高まる。
音響C・O 照明C・I(客入れの時と同じ照明)
A「(独り言のように)霧の深い夜でした。月は雲に隠されて、辺りは何にも
見えません。落ち葉がかさこそいう音に、脅えながら森の中。泣き泣き夜道を
さまよえば、小さなお家が見えました。」
イスを照らす光に吸い寄せられていく体の無いBとC。輪の中に入った瞬間、がくっと落ちて
やがて鏡に吸い込まれていく。
三人「(狂気じみた明るさで)よかった、きっとあそこには、素敵な誰かが私
の為に、わらのベットを作ってくれる。本当によかった助かった。」
次の台詞の間、手はパソコンのキーボードを打とうとしている。
A「あなたが、あの日公園のベンチで私を待っていた人ですか?」
B「違います。あなたが、ホームページでずっと僕の日記をつけていた人です
か?」
C「違います。あなたが、お誕生日おめでとうっていつも私に言ってくれてる
人ですか?」
A「違います。あなたが、私の時間を地球がなくなる日まで数え続けている人
ですか?」
C「違います。あなたが、パソコンの前でずっと私の物語を書いていた人です
か?」
B「違います。あなたが、何処でも僕のことを見張っている人ですか?」
三人「違います!あなたが・・・私ですか?」
三人「・・・」
三人「・・・さあ、いきましょうか。」
三人「・・・ええ、いきましょう。」
ゆっくりと空中を漂う三人。その顔は幸せそうでもあるし、苦渋に満ちているようにも見える。
やがて、地面に落ちて胎児のようにまるくなって動かない。
死んでしまったのかもしれないし、眠っているだけなのかもしれない。
B「うわあああ!」
そして、がばっと起きる。
B「あの日から、僕は同じ夢を見る。いや、始まりはいつも違う。この前は空を
飛ぶところから始まった。白い雲がずっと下のほうに見える。海と空の青さに挟
まれて、僕はふわふわした。でも、これは夢だな。そう思ったら僕はもう、いつ
もの場所にいた。落ち葉がかさこそいう音が聞こえる。ところどころペンキがは
げている緑色のフェンス。コンクリートで囲まれた給水搭のポンプがうなりを上
げて水を吸い上げている。その音がだんだん大きくなって、もっと大きくなって、
僕の心臓も張り裂けそうになって、それから・・・目の前が真っ赤になって・・・
それから・・・それから?」
B、闇に吸われそうだが、かろうじて光の中に留まる。体が床に叩きつけられる。
その音に反応して起き上がるA。
A「誰だろう?ドアを叩く音がする・・・ここのおうちの人ですか?」
B「ここ?ここって一体どこのことですか?」
A「あなたの目が見ている景色のことですよ。」
B「じゃあここは、僕のまぶたの裏側なのですね?」
A「うふふふ・・・あなたの後ろかもしれませんよ。」
B「この明かりが消えて、何も見えなくなったら僕はいなくなるんですか?」
A「ええ。でもあなたの目はずっと見続けます。この物語が終わった後も。」
B「お願いします。僕の明かりを消してください!」
A「『あなたも道に迷ったのね。』ドアの向こうの誰かさんに、ヤギは話しか
けました。『私のうちじゃないけれど、どうぞお上がりくださいな。こんなに
暗い闇の中、私一人じゃ長すぎる。あなたが誰だか知らないけれど、一人でい
るよりずっといい。』ちょうどその時、柱時計が、何処か遠くで鳴りました・・・
ボーン・・・ボーン・・・」
時報の音、F・I
それに合わせてラマーズ法の呼吸で起き上がるC。自分を生んでいるようだ。
そして、まるであと数分で自分の命が終わるかのように、狂ったようにしゃべり始める。
C「一、二、三・・・あと二分で二十歳になる。今までの誕生日と何が違うか
と人に聞かれれば、あまり変わらないと答えるしかない。でも法的には、今日
から大人になるらしい。私はもう、ずっと前から老婆だったような気もするし、
まだ、生まれてからあまり経ってない気もする。」
C、時報を数えている。
C「父は毎年、私が生まれた時刻になると、部屋にやってきて『お誕生日おめ
でとう』と言って私の髪をなでていた。サンタクロースを待つ子供のように、
私は眠った振りをして待っていた。」
C、時報を数えている。
C「父がいなくなってから、自分で『お誕生日おめでとう』って言うことにし
ている。そうすると、もう一度まっさらな自分に生まれ変わった気になる。大
晦日の、除夜の鐘を数え終わったときみたいに。あ、もうすぐ私が生まれた時
刻になる。」
A「二十歳の誕生日おめでとう。」
C「ありがとう。」
A、闇の粒を並べ始める。
C「何やってんの?」
A「準備してるの、パーティの。早くしないと始まっちゃうでしょ。」
C「・・・そうだね。」
闇の粒を飾りつけ続けるA。
C「・・・どんな話なの今度は?」
闇の粒を飾りつけ続けるA。
C「ねえ、続きはどうなるの?」
A「・・・わかんない・・・どうなっちゃうか、まだわかんない・・・でもね、
真っ暗なの。何も見えないの。誰もいないの・・・」
A「・・・ねえ」
C「ん?」
A「何やってんの?」
C「・・・悪魔ってさ、本当にいると思う?」
A「何でそんなこと聞くの?あの時、あなたもあそこにいたの?ねえ、あなたも
見てたの?どうだったの?目はちゃんと見開いたままだったの?閉じてたの?見
えたの?まぶたの裏側の景色は?何も見えなかったの?真っ暗?それとも・・・」
C「・・・いるんだよ。本当にいるんだよ、満月の夜に、町外れの四つ角に行っ
たら・・・」
A「知ってるよ。だから聞いてるんじゃない。ねえ、また悪魔は許してくれたの?」
C「・・・うん。」
A「・・・そう、よかったじゃない。」
C「・・・うん。」
A「知りたい?」
C「え?」
A「物語の続き。」
C「・・・うん。」
A「あのね、ヤギが見つけたお家のドアをね、誰かが叩いてたの。だからね、空け
たのね・・・でも、真っ暗でしょ。わかんないの。本当にそこにいるのか。でもね、
指先がね、確かに触れたの・・・」
パソコンのキーボードを叩く音が聞こえてくる。それに操られるようにして人の形になっていくBとC。
A、最初自分の指を見ているが、やがてキーボードを打ち始める。
B「二十歳の誕生日おめでとう。」
C「あれ、言ったっけ、今日が私の誕生日だって。」
B「いや、でも、知ってた。」
C「何で?」
B「君のホームページの日記、全部読んだから。」
C「・・・ねえ、なんて書いてあったの?」
B「君の日記だよ。」
C「忘れちゃったの。教えてくれない?」
A「・・・何か良いことがありそうな青空。三年前の今日も、ちょうどこんな天気
だった。私の誕生日を祝うために飾り付けられた部屋に、父が殺されたというニュ
ースが飛び込んできたあの日。『素敵なプレゼントね。』そう言った。・・・あれ
から三年が経ったのだ。なのにこの耳は、すべての物語を拒絶し、時を刻む秒針の
音しか聞こうとしないこの耳は、あの裁きの日のことをはっきりと覚えている。」
鏡の中に吸い込まれていくBとC。Bは自分の首をCはBの首を絞めて倒れる。
B「僕の後ろで、あなたいつも見張ってた。それが理由だった?見ている。おんな
じ場所でおんなじこと繰り返して。ほら、僕の手が血に染まった時だって。あなた、
笑った。笑い転げた。真似してあげようかどうやって笑ったか、ハハハハ。穢い笑
い方。もうすぐ腐ってうじの沸く、死体の笑い方。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。
もうしません。許してください。うそだ。僕は何度も繰り返す。だって、何処にも
いないから。誰も僕にふれられない。何度やっても同じこと。ずっと僕は許される。
ああ!あなた、本当は喜んでる。好きなんでしょ、この色が。あなたがいつも着て
いる黒い服に良く合う赤。お気に入りの色。でもだめ、いくらいい服着ても。醜い
から。塗りたくっても、塗りたくっても、隠せない。ははは、お前は醜い。その姿
も、心も実に醜い。本当はお前は、ここにいてはいけないのだよ。あああ!僕は醜
い。僕は醜い・・・この明かり・・・この明かりが消えて何も見えなくなれば僕は
・・・」
A「この明かりは消せません。」
B「何故です?」
A「お月様の光だからです。でも、大丈夫ですよ。もうすぐ、雲に隠れます。そし
たら、何も見えなくなります。お立ちなさい。今すぐ。すぐに行って、あの場所に
お立ちなさい・・・青く透き通った、まあるいお月様の光。今夜もまた、やってき
ます。街はずれの四つ角に。どこからともなくやってきます。罪を背負った人達が。」
人の形になり、四つ角に向かうBとC
C「私は罪を犯してしまいました。」
B「あなたの罪はすべて許されました。」
C「ありがとうございます。」
A「裁きは一瞬で終わった。月を背にして立っていた悪魔は、私を許してくれた。
優しい声だった。」
再び聞えてくる、キーボードを叩く音。
C「・・・そんなこと書いてるんだ、私。」
B「・・・書いてるね。」
C「ねえ。あなた、どんな声してるの。」
B「どうしたの?急に。」
C「ふと思ったの。こうやってあなたの言葉読んでるときに聞えてくる声、一体誰
の声なんだろうって。」
B「きっと、君がよく知っている声だよ。」
C「いつも日記を書くときに、相槌打ってるあの人の声?」
ぴたりと止むキーボードの音。首を傾け、Aが観ているパソコンの画面を読み始めるBとC。
C「ねえ、あなた、日記つけたことある?」
B「・・・あるよ。ずっとつけてた。二十歳の誕生日のとき、捨てちゃったけどね。」
C「いくつの時から?」
B「生まれたときから。」
C「え?」
B「母さんがつけてたんだ。僕が生まれた日からずっと。それで、あの時渡された
・・・」
三人「(シンクロ)はい、ここから先はあなたがつけるのよ。」
B「なに、これ?」
C「あなたの記録よ。」
B「記憶?」
C「そうね、あなたにしてみれば記憶ね。」
B「・・・」
C「なんて書いてるか読んであげようか?」
B「僕の記憶を母さんは何で知ってるの?」
C「ずっとあなたといたからよ。」
A「・・・今日、僕の目が見えた。はじめて見たもの、それはまぶたの裏側だった。
真っ暗だ。広いのか狭いのか解らない。出口のない闇の中を彷徨っているみたいだ。」
Aの声を聴いているうちに闇に引っ張られ始めるBとC。
C「困りましたね。お月様が雲に隠れちゃって、本当に真っ暗でしょ。」
A「と、ヤギは、顔の見えない誰かに話しかけました。」
B「ええ。でも、真っ暗なほうがいい。私たちの姿が見えないから。」
A「それもそうだな。真っ暗だと誰にも見つからないしな、とは思いましたが。」
C「それでも、怖くありませんか、道に迷ってるのか合ってるのか、それすら解
らないでしょ。」
B「だからこの家があるんじゃないですか。」
今までBとCを引っ張っていた闇が、急に手を離す。
C「そうでしたね。」
B「ははははは・・・・」
C「ははははは・・・・」
A「ついさっき出会ったばかりなのに、何だか、ずっと前から一緒にいるような、
そんな不思議な気持ちです。」
B・C「さあ、行きましょうか。」
誘われるようにして立ち上がるA。やがて三人とも鏡の中へ。
A「一体どこに行くのか解りませんでしたが、もう、ずっと前から自分はそこに行
くことになっていたような気がしました。」
C「ここからだと、遠いですか?」
B「ここ、ここって一体どこのことですか?」
A・C「あなたの目が見ている景色のことですよ。」
B「じゃあ、ここは、僕のまぶたの裏側なのですね。」
A「そうです。」
C「ちがいます。」
AとCの目が合う
A「ここはあなたのまぶたの裏側です。」
C「ここは、私のまぶたの裏側です。」
AとCの目が合う
三人「はははははは・・・」
ふと、自分の手を見るB。どうやら日記を見ているらしい。
B「ちがうよ。」
ゆっくりとBを見るCとA。
B「これは僕の記憶なんかじゃない。」
A「これはあなたの記憶よ。いつも母さんが聞かせてあげてたお話じゃない?」
B「これは、ぼくがあの日ベンチで読んでいた本だよ。」
C「忘れちゃったの?忘れようとしてるの?」
B「ラスコーリニコフ・・・これは、僕の名前なの?」
どこかに行こうとするB。しかし、Aが、イスを指し示し行く手を阻む。Cも同様の動きをする。
もはやイスに座るしかない。
B「あの日も、こうやって、公園のベンチに腰掛けて読んでいた。何でこんな本
持ってきたんだろうって思いながら・・・あの金貸しの老婆を殺すシーン・・・
僕の大好きなシーンを読み返していた。それで、あいつがやってきて・・・」
A「霧の深い夜でした、月は雲に隠されて、辺りは何にも見えません。」
B「もっと、奥の方に行こうよ・・・ほら、あの給水搭の方に・・・」
C「落ち葉がかさこそいう音に、脅えながら森の中。」
B「『おいおい、この辺でいいだろう。もう誰もいないじゃないか?』僕は無言
で歩き続けた。さすがにあいつも、これはおかしいと気づいたのだろう。足を止
めて、『まさか、俺を殺すつもりじゃないだろうな。ハハハハ。』と笑った。そ
の、人を馬鹿にしたような笑い声が、僕は何よりキライだった。ポケットに忍ば
せておいたバタフライナイフで、刺した。一瞬、何が起こったのかわからないと
いう顔をした。が、すぐに、目が飛び出してしまいそうな程見開いて、何か呻い
た。ごぼごぼと沼の底をつついた時の音を立てている。怖かった。殺されると思
った。僕は必死で切りつけた。二度、三度。助かりたい一心でそうした。もう駄
目だと思った。目を閉じた。・・・どさっと何かが落ちる音がした。目を開ける
と、糸の切れた操り人形みたいになった体がそこに捨てられていた。」
Bの体捨てられている。
C「ねえ、何で捨てちゃったの?」
B「え?」
C「日記・・・私にくれたらよかったのに。」
B「ああ、あげるよ。こんなものでよかったら。今日は君の誕生日だしね。」
C「ありがとう。」
B「でも、最後のページにちゃんと、こうやって書いておいて欲しいんだ。
『今日、私の父が殺された。』」
A「素敵なプレゼントね。」
A、闇の粒を飾りつけ始める。C、渡された日記を読む。
いつの間にか日記は『罪と罰』に変わってゆく。
C「・・・ねえ」
A「ん?」
C「なにやってんの?」
A「準備してるの、パーティーの。早くしないと始まっちゃうでしょ。」
C「・・・そうだね。」
A「あ!逃がしちゃった。捕まえて。ほら、それ、捕まえて!それ、それ、それ、
それ、それ・・・」
本を読む手を止めるC。チラリと闇の粒を見るが、嫌になってすぐにまた本を読み始める。
A「・・・あなた、見えないの?こんなに綺麗なのに・・・ほら、もう、ずーっと
前からここにあるのに。あなたが生まれる前から、いいえ、もっと前から。もっと
もっと、ずっと前からよ。それでね、これから先もずーっとここにあるんだよ。」
C「何のために?」
A「意味なんかないわよ。あ、また逃げちゃった。もう、ダメじゃない。」
C「・・・」
A「すぐ逃げちゃうんだから、何か意味を見つけようとすると。あ、(追いかける)
すいません、捕まえてくださーい!」
B、闇の粒を捕まえる、が、勢いあまってつぶしてしまう。捕まえた手が、体を光の中へ引っ張っていく。
B「(手を見ながらおろおろしている。)あああ!真っ赤だよ。あああ!全部が、
僕の世界が赤く、赤く染まってるよ!」
A「ははははは・・・そんなものしか見えなかったの?あの時、あなたの目はそ
んなものしか見れなかったの?」
B「・・・え?」
C「お立ちなさい!今すぐ。すぐに行って、十字路にお立ちなさい。ひざまずいて、
まず、あなたが汚した大地に接吻しなさい。それから四方を向いて、全世界にお辞
儀をしなさい。そしてみなに聞こえるように、『私が殺しました!』と言うのです。
そうしたら神様があなたにまた新しい命を授けてくださいます。」
B「私が殺しました!私が殺しました!私が殺しました!私が殺しました!(四方
を向いてお辞儀する。)」
C「・・・本当かな・・・神様は、新しい命、授けてくれるのかなあ・・・」
A「うそよ。あなたも行ったんでしょ?あの四つ角に。」
C「うん・・・」
A「忘れちゃったの?忘れようとしてるの?」
C「・・・」
A「あ、早くしないとお月様が出てきちゃうわ。ねえ、手伝って。パーティーの準
備。」
C「どうすればいいの?」
A「こうやって捕まえて・・・」
C「だって、見えないんだもの、捕まえられる訳ないじゃない・・・」
A「そうね。」
B「捕まえたら、どうすればいいの?」
A「飾り付けるの。好きなように。でも、だめよ、色をつけたり、何かの形を作っ
たりしちゃ。すぐに逃げちゃうから。こうやって、丁寧に並べ替えるの。ただそれ
だけ。急いでね、早くしないと始まっちゃうから。」
闇の粒を飾りつけ始めるBとA。
A「ほら、見えてきたでしょ?あなたのまぶたの裏側の景色が。」
B「真っ暗だよ。何も見えないよ。」
A「これをこっちに置いたらどうかな?」
B「あ、見えてきた。」
A「何が見えてきた?」
B「緑色・・・ところどころペンキが剥げかけている緑色のフェンス。」
A「それから?」
B「コンクリートに囲まれた給水搭のポンプが唸りを上げて水を吸い上げている。
その音がだんだん大きくなって、もっと大きくなって、僕の心臓が張り裂けそうに
なって・・・」
どこからとも無く時報の音が聞こえてくる。
C「この音は、あなたの胸の鼓動なの?」
だんだん時報が重なってくる。遅い速度のもあれば、速い速度のもある。逆に流れていくのもある。
B「それから・・・それから・・・」
時報の音が高まるにつれて、闇が光を侵食し始める。
C「お願い、もう私に、何も見せないで!」
照明、音響とクロスでF・O。完全暗転。
一瞬の静寂。
音響(時報の音)F・I 照明、シンクロしてF・I
再び聞こえ始める時報の音。今度はいつも耳にするあの音。
闇からCが浮かび上がる。時報を聞いている。
A「・・・・この音・・・一体何の音なんだろう。近づいてくる死の足音?私の命
が終わる日までのカウントダウン?・・・ふっ。わかっている。私とは何の関係も
無い。私が起きてようが寝てようが、この音は絶え間なく、永遠に繰り返される。
おそらく、私が死んでしまっても。」
次の台詞の間に、時報の音が、だんだん聞こえなくなる。
A「・・・彼女は何のために、時を告げ続けるのだろう。・・・たまに、こんな想
像をする。いつものように、一一七にダイヤルすると、あの、ピッピッ、という音
も、聞き慣れた声も聞こえない。あれ?間違えたかな?電話を切ろうとしたその時、
誰かの話し声が聞こえてくる。よーく耳を澄ますと、男と女が何か言い争っている。
『おい、早く出ろよ、これがお前の仕事なんだから。』男は言う。彼女は、電話に
出たくないと駄々をこねているみたいだ。『あの、そちらは一一七番でしょうか?』
『そうよ。』彼女はぶっきらぼうに答える。その声は確かに時刻を知らせているあ
の人に違いない。でも、いつもの無機質な感じとは打って変わって、ひどくなまめ
かしい大人の女の声だ。私はおどおどしながら、『あの、今何時でしょうかと。』
と、尋ねる。すると相手は、知らない、と言う。私は自分の耳を疑う。『あの、あ
なたは、いつも時刻を教えてくれている人じゃないんですか?』『そうよ、でもね、
今、私は、彼とゴキゲンなセックスをしたばかりで、サイコーに幸せなの。だから、
私の時間は今、止まってるの、わかる?』私は、すみません、と謝る。彼女は乱暴
に電話を切る。」
再び聞こえ始める時報の音。さっきと全く同じ時間だ。
A「彼女がそんな対応をしてくれたら、なんだか素敵だなと私は思う。でも、彼女
はずっと繰り返す。おそらくは、地球がなくなるその日まで。」
ポケットから、名刺のようなものを取り出し、手首を切ろうとする。
A「昔、誰かが言ってた。自分が今、カミソリを手にしていて、手首を切ろうとし
ている。そのイメージがしっかりとできたら、こんな紙切れでも手首を切ることが
できるのだ、と。その話を聞いて、私は何度か試してみた。でも、一度も手首は切
れなかった。もしかすると、その話自体がでたらめなのかもしれない。実際私は、
紙で手首を切って死んだなどという人を知らない。でも、ネクタイで首吊り自殺し
た人の話は聞いたことがある。ドアノブに結んでわっかを作って、そこに首を突っ
込んで倒れる・・・それだけで良いのだそうだ。本当に死ぬ気さえあれば、そんな
簡単なことで命を絶つことができるのだ。」
前の台詞の途中から、いつの間にか音響はキーボードを叩く音に変わっている。
BとCは、その音に導かれて立ち上がる。そして首を傾け、Aが見ているパソコンの画面を再び覗き込む。
Aもう一度手首を切ろうとする。が、切れない。
A「・・・やっぱり私は、死のうと思っていない。いや、それどころか、死ぬこと
が怖くてしょうがない。でも、生きたいとも思っていない。」
C「・・・あれ?でも、私は何で死ななきゃいけないんだっけ?」
B「罪を償うためだよ。」
C「あ、そうだ。・・・ねえ、私何したんだっけ?」
B「もう忘れちゃったの?」
C「ごめんなさい。私、どうしちゃったのかしら。ほんの数分前のことも何だかぼ
んやりとしか覚えてないの。」
B「全部君の日記に書いてあるよ。」
C「なんて書いてるの?」
B「君の日記だよ。」
C「でも、元々はあなたのでしょ?」
B「本当にそうなの?」
C「え?」
B「君が日記を書くとき、相槌打つのは、本当に僕のこの声なの?」
C「そうだよ。」
B「・・・日記にはこう書いてたよ。私は罪を犯しました。」
C「・・・私が殺しました!私が殺しました!私が殺しました!私が殺しました!
私が・・・」
B「あなたの罪は、すべて許されました。」
C「お願いします。わたしに罰を与えてください。もうこれ以上許されることに耐
えられません。」
B「どうしたのですか?何も怖がることはありませんよ。あなたは、何も悪くない
のですから・・・」
C「お願いします。もう、私を許さないでください。苦しくて仕方がないのです。
もう、飛び散っていってしまいそうなのです。・・・おねがい!私に罰を!」
B「それは、出来ません。」
C「・・・」
B「私に出来るのは、許すことだけです・・・あなた。」
C「・・・はい。」
B「私の顔が見えますか?」
C「・・・いいえ。」
B「・・・もっとよく見てください。」
C「(よく見る)・・・見えません。」
B「そうですか・・・あの方は私にこういいました。お前は、醜い。心も、その姿
も実に醜い。本当はお前は、ここにいてはいけないのだよと。・・・でも、私はそ
んなにも醜いのでしょうか?」
C「あの・・・」
B「いいんです。すべて分かっているのです。私は太陽の光が怖いのです。いいえ、
その光に照らされた私の姿を、誰ひとりとして美しいと思ってくれないことが怖い
のです。でも、月の光なら、もし本当に私がどうしょうもなく醜い姿をしていても、
何かの間違いで誰かが美しいと思ってくれるかもしれない・・・そんな根拠のない
期待を抱いて、いつもこの四つ角に足を運ぶのです。しかし、私はいつも月を背に
して立ちます。・・・一体、ここに立っているのが、私である必要があるのでしょ
うか?『あなたの罪は許されました。』私はここに罪を捨てに来る人みんなにそう
いいます。その人が犯した罪が、どんな些細なものだろうが、一生をかけても償い
きれない重いものだろうが、私の発する言葉はいつも同じです。そうやって、私は
無責任に許し続けます。こんなこと誰だって出来る。代わりはいくらでもいる。
・・・つまりこういうことです。私はどこにもいない。」
C「・・・あなたを愛しています。」
B「よしてください。気でも違ったのですか?」
C「はい。私は今、発狂しました。ここにあなたがいないからです。どこにもいな
いあなたが、今私の目の前に確かにいる。そして、私と話をしている。・・・ほら、
こうやってあなたに触れることも出来る。私は狂っている、あなたを愛しすぎたあ
まりに・・・他にいい説明の仕方がありますか?私は狂っている。この言葉を口に
することで、私は今、正気をたもっているのです。」
鏡の中に吸い込まれていくBとC。今度は、Cが自分の首を絞めて、BがCの首を絞めようとする。
B「ああ!一体ここは何処なんだ。あの公園なのか?僕の部屋のパソコンの前なの
か?それとも、一度も光を見たことのない僕のこの目が見続ける夢の中なのか!一
体、僕は今、何処にいるんだ?」
A「ここは、あなたのまぶたの裏側です・・・雲は風に流されて、夜空に溶けてゆ
きました。・・・さあ、パーティの始まりです。雲間に隠れていた月が再び闇を照
らします。真っ暗だったお家にも、明るく差し込む月明かり。」
前の台詞の途中から、空気中を漂うように立ち上がる。
オープニングと同じ形になる。三人の鏡写し。
三人「誰かが、こっちを見つめています。目をそらしても見つめています。まなこ
を凝らしてみてみれば、鏡を覗く私の顔。」
A「私はただ、物語を書いていただけなの。自分の部屋で一人、パソコンの前に座
って。どんなお話かって?あなた、知ってるでしょ。さっき聞かせたばかりじゃない。
忘れちゃったの?忘れようとしてるの?ふふふふ。まだね、私、どうなるかわから
ないの、もう終わる頃には違いないんだけど、どうやって終わればいいかわからな
いの。最初は、わかってた。あなたに聞かせるようになってからわからなくなった
の。」
B「全部夢の中の出来事だって言ってしまえばいいんだ。或いは精神異常者の妄想
だったってね。何処かしこにあふれてる・・・下らない芝居みたいに。それを待っ
てるやつだっているんだし、何よりその方が・・・分かり易いしね。」
C「多分、こういうことなんでしょうね、藁をも掴む思いって。こんな低俗な落書
きなんかを頼りにするなんて。そう。落書き。しかも公衆便所の壁に書いてあるよ
うな恐ろしく低俗な。そうじゃない?違う?あなたはそれすら否定するの?」
A「終わらせなきゃダメかしら?例えば、このままほったらかしにしてちゃダメか
しら?そのうち、みんな忘れて誰も知らなかったことにならないかしら?」
C「最初からこうなることになっていたの。そういってしまうの。どっちにしろ終
わってみないとわからないんだから。たいした嘘じゃないでしょ?あなたのいつも
のよりは。」
B「でも、案外、こうだったのかもしれない。エデンの園の住人たちも。」
A「あなたが、あの日公園のベンチで私を待っていた人ですか?」
B「違います。あなたが、ホームページでずっと僕の日記をつけていた人ですか?」
C「違います。あなたが、お誕生日おめでとうっていつも私に言ってくれてる人で
すか?」
A「違います。あなたが、私の時間を地球がなくなる日まで数え続けている人です
か?」
C「違います。あなたが、パソコンの前でずっと私の物語を書いていた人ですか?」
B「違います。あなたが、何処でも僕のことを見張っている人ですか?」
三人「違います!あなたが・・・・私ですか?」
三人「・・・」
三人「さあ、いきましょうか?」
三人「ええ、いきましょう。」
しかし、しばらくそこに立ち尽くす三人。やがて・・・
照明、C・Oで完全暗転。しばらくして、
音響(客入れのときの同じもの)F・I
照明、シンクロして客電、舞台上同時にF・I