あきさん
すっごい楽しかったです。
電車の中でやるお芝居という設定も面白かったし、
お芝居と現実が交錯するようなところもよかった。

また、「えっ?!」と驚かされるような場面もいくつかあって、
頭を柔軟にさせられました。

すごく哲学的で、今自分が『自由の哲学』という
本で学んでいることとリンクしていて、
うなりました。

本当に50分しっかり楽しめました。
ありがとうございました。
また、お目にかかれるのを楽しみにしています。
ナオヤさん
訳解んないけど引き込まれる感じで面白かった。
こうゆう訳解んないの大好きです。次はもっと長いの観たいな。
フクシママリさん

不条理って、非日常的なんだけど何かの間違いで
自分の身の上に起こるのではないか、
そんな危うさが魅力かなと勝手に思ってます。
その点、電車という日常空間を舞台に選ぶのは
いいアイデアだと感心しました。

当日にも述べましたが、
最初のあんなさんが縄を持って立ちすくむシーンは
日常が悪影響を及ぼしていました。
縄と顔の辺りに視線がいくけれど、
その後ろには車窓から外が見えていて、
どうしても直ぐに動いている風景に目がいってしまいました。
これがもし、真後ろに窓がない車両の前後だとか、
しゃがみこんで客の目線を下に向けさすとか、
せめてカーテン(?)のある窓の前であったなら、
もっと深くこのシーンの意味を考えれたのにと思いました。

この芝居で一番残念に感じたのは、
日常的な動きが少なかったことです。
実際の電車を使っているのに電車の中にみえませんでした。
普通、電車の中で立って人と話す時って、
角の所で向かいあったり、イスの前だと横向きに立って話すのに、
そういうシーンってなかったですよね。
それと、横向きに座る椅子には観客が詰めて座っていたのに、
前後を向く一人掛けの椅子には誰もいない。
これって、日常生活では有り得ないのでは?
もちろん観客を座らせるわけにはいかないから、
役者がそこに座ってみるとかしてみると、
電車の中の光景としてすごく落ちつくかと思います。
日常的な演技で不条理な台詞を語っていたら、
すごく不条理の怖さが感じれる気がしました。

一番好きなシーンは、円になって帽子を交換しあうところ。
動きが微笑ましかったです。
極めつけは「他人の帽子は似合わない」そう思ってた所にこの台詞だったので、
心の中でキター!!って叫びました(笑)

ラスト、役者が全員途中下車してしまったことは、
自分の中でも好意的に捉えるべきか否定的に捉えるべきか悩みます。
降りて行った時、本気で驚きました。残された乗客も、皆戸惑ってましたね。
拍手はどうすればいいんだろう…みたいな感じで。
このラストは本当に、なんて言うべきか…。
うーん、結論を出すためにももう一度見たいですね〜。

役者の降車後、運転手さんのちょっと訛のあるアナウンスで、
一気に日常に引き戻されました。
そして、下車すると日常生活が繰り広げられる下町の風景。
この芝居との落差は非常に気持ちよかったです
にっしーさん
すごく面白かったです。
3人とも芝居がキレてました。
電車という狭い空間をうまく使って
それぞれの個性が光っていました。

自分は全然演劇に詳しくないので
細かいところはよく分かんなかったのですが、
それでも約50分間飽きることなく楽しめました。
また観に行きたいです。
nokkoさん
あんなちゃんがドアを入ってきたときの顔が忘れられません
「何処かに行っちゃってる」トランス状態だったからです。
ドキドキドキ何がはじまるんだろ。

ひとりひとりの主張 
3人でいっせいに何かを言う時、スローモーションのように走る姿・・
わたしは 昨夜 夢を見ました。
電車の座席でわたしは混乱していました。

ギタリストでもあるありさんの右手がごんっと床を叩いた時は
本気で心配しましたよ。

自分の脚本・・見たいような見たくないような・・

すごくよかったです。ありがとう。
                              
たけしさん

今日の午後、ゴドーさんが描く運命の中で翻弄された
人間の一人の感想としては、お芝居が続くにつれてどういう風に
このストーリーに決着がつくのか予測不能になってきたという事です。

会話のひとつひとつは理解できるし、
話し全体の流れはなんとなく捉えることはできるのですが、
僕の頭では、途中で何度か話を整理しながら
観なければならなかったというのが正直なところです。
ちょっとカタヒジを張っていたかもしれません。
でもまあ登場人物達もかなり混乱しているということで、
僕もだんだんリラックスして混乱していました。
そして役者さんの演技そのもの(動きとか声とか)を
もっと感じた方が良いのかなとも思いました。

ラストはもうニクイとしか言いようがないです。さすがです!
そして拍手をしようにも、拍手をする相手がいないんじゃどうしようもないので、
どこにこの気持ちを持って行けば良いのかさらに混乱してしまいました。

「なんだかよくわからない」ことを語り出して、
結局「なんだかよくわからない」まま終わらせるのは、
すごく真っ当で誠実なことだと思います。

すいません意味不明な感想で。
演劇に関しては素人なので、あまり的確な意見みたいなのは言えないのですが、
またあまからのお芝居を観たいと激しく思いました。
だってエンターテイメントしてましたからね。

僕の頭の混乱はまだまだ続きそうです。
劇楽しかったです!!(^0^)
電車で劇が見れて新鮮でまた良かったです☆
あまからの劇は見て2回目になりますが、
今回内容も分かりやすく、楽しく見させてもらいましたm(_ _)m
次回も楽しみにしています!!
鳩村鳩蔵さん
部分部分の警句的な台詞や動作は魅力的だったが、
観念的な芝居で、流れについていくのが大変だった。
というか、最後までついていけていた
(つまり深くやらんとしていることが理解できた)自信はまるで無いので、
芝居の言わんとすること、やりたかったことについて、
良かった悪かったと評価することは私にはできません。

貸切車両内での芝居という大向こうを狙った構想自体が面白いと思ったが、
実際乗ってみたらその構想自体は、期待していたほどは面白くなかった。
もっと、ハプニングではないが、生の荒川線内ならではの出来事や
空気を盛り込んだ演出を目撃できるのではと期待していた。

荒川線という特殊な環境でやる以上、
否が応でも荒川線を意識して芝居に臨んでしまったが、
荒川線である必要を強くは感じなかった。
まぁ荒川線以外でこの芝居を観たわけではないので何とも言えませんが。

掲示板に厳しい意見を求む的な事が書いてあったので、
無理に厳しいことだけ書きました。
しかし、芝居を観ていると、
今まで練習してきたんだろうなぁと思わせるような、
熱意は伝わってきたので好感が持てる芝居ではありました。
総評としては、なんだかんだ言っても、1000円なら満足な内容です。
柴田智子さん
よかったです。
都電での上演となると時間の制約も厳しかったと思います。
明るい昼間で外の景色が視界に入ってきてやりにくかったかもしれません。

でも今回は「これは荒川線なんだ」というセリフで観客を引きつけ
劇を自分の問題として考える演出になっていたと思います。
席を詰めてもらう時も素の自分に戻らず
セリフ風にいえたらもっと早く観客をひき込めたと思います。
前回に続き今回も苦悩する若者の内面を描くという内容だったと思います。
前回はやりきれなさが残ったけど
今回は「線路を造ればいい」というせりふに希望が感じられました。

自分がなんのために生まれてきたのか?
これは誰しももつ疑問だと思います。
ただバブルの浮かれた時代にはそんなことを深く考えなくても
面白おかしく時間が過ぎていった。
でも今の若者は不況の波のなかで
こういう厳しさに直面せざるを得ない時代なのかも、
と中年の私は思いました。
最近始めた占い業は自分が生まれる前に立ててきた予定表を見るというもので、
お芝居の中のセリフとの奇妙な偶然を感じました。

色んな悲しい事件の多い中、
悩みながらも安易に死を選ばないことに希望を感じました。
(私の占いでは自殺した人は自分がセットしたハードルを乗り越えられなかったということで、
また同じような人生を選んで生まれてくるといわれているので)
あんパパさん
「電車が来ます」はとても楽しいお芝居というより、パフォーマンスでした。
観ている我々も、乗客の役をはたせた(達成感)ようにも感じました。

役者さんの最初の入りと最後のハケが格好いい。
台詞まわしも、あの距離で聞くと迫力がありました。

エンディングも気持ち良い”唖然” を体験しました。
都電に乗ったのも電車内での観劇というのも、私は初めての経験だったので、
まずとてもわくわくしながらのぞみました。

劇の中盤で時折破綻が感ぜられる部分もありましたが、それはそれで狙いなのか、
有りな様にも思えるし、と、もう一度・二度と、じっくり拝見したかったです
(追加公演をもっとやってゆける様になるといいですね。というか、して下さい!)。

お三方の掛け合いがぴったりと合った時の面白さは絶妙で、
私は実際何度か声を殺しつつ笑っておりました。

“頭でっかちな人間が、無意味な理論に意味を持たせようとする事の無意味さ”の
おかしさはとても良く出ていたと思います。
この方向が固まってゆくと、大勢のお客さんから
実際にもっと笑いが引き出せるのでしょうね。
とても僭越ですが、その可能性を感じました。

役者の台詞の中に
「これは脚本家自身の自嘲・自省なのだろうか」と想像も巡らされました。
観客が勝手な想像・妄想を持てるというのは
あらゆる創作には必要な事だと(個人的に)思います。
見方は見る者次第に様々で良く、定義は無い方が勢いも生まれ、
安定や成熟してしまうのは年寄りになってからで一向に構わないのでしょうね。

三人がロープで星を作ろうとするシーン等、
幾つか「面白いなあ」と感じたアイディアもありました。

世間には論議ばかりで口は達者なのだけど、
いざ舞台・ライブ・個展などを開いてみると、お客さんは身内だけ、
という方々も大量にいます。
でも今回、私はご招待頂きましたが、一般のお客さんがちゃんといらした。
前述の「これは脚本家自身の懊悩なのか?」と思わせた。
この二点で、皆さんはリアリティをもうお持ちです。
実績をお作りになられました。

雑音も多い事でしょう。
でも今回皆さんが行動された結果には誰に何を言われても自信を持たれて下さい。
“上からの意見”には耳を貸し過ぎない方が良い時もあると感じます。
考えるより、「自分達がやりたい事はこれだ!文句は言わせんぞ!」と
他人の意見は盗みたい点だけ頂いて後は聞き流し・無視して突き進まれる事を願い、
応援させて頂きたいです。

長々と「参考になるのかしら?」と自分でも冷や汗物な感想を書いてしまいました。
失礼致しました。

今後、ますます楽しみにしておりますね!
ホント、追加公演いっぱいしましょ(笑)!!
客1さん
お疲れ様でした。

客との距離があれだけ近かった分、
細かい動作が不自然に見えてしまっていた気がします。
目の動き、手の動き、電車だし揺れているので難しいでしょうが、
そういった所もはっきりさせないと、どっちつかずな動作に見えてしまうと僕は思います。

今僕は寺山修司さんの作品を読んでいたので、
どこか寺山修司のにおいを感じました。
あ、これは、いい意味で参考になりました。ありがとうございます。

個人的には帽子をかぶせ合うとこの「他人の帽子は似合わない」が好きです。
あの動作、間、台詞が微妙な雰囲気を出していて、グッときました。

あと余談なのですが、三ノ輪橋を降りてすぐ近くのアーケードを左に行った所の
『月光』という名の和風喫茶店が、もの凄く良い店でした。

土屋好風さん
演技がどう、脚本がどう、という様な細かい事は何一つ知らない自分だが、
それでも「楽しいか」「つまらないか」という違いはわかる。
それは自分の場合、「絵になるか」「絵にならないか」という判断でしかないのだが、
公演を拝見している最中、何度も絵に描きたい衝動が湧き上がるインパクト・匂いを感じた。
それが今回の公演を「楽しい」と感じた自分なりの要素である。

私はそんな思いにさせてくれるあまからの公演が大好きな一人です。
今後も皆さんで作り上げた世界を感じさせて下さい。

絵を描いていてモチーフが必要になった時、
その為に作品集を買う様な気持ちで、これからも毎回公演を拝見させていただきます。

お疲れ様でした。今後も期待しております。

『電車が来ます』アンケート

**ご協力いただいた方々、どうもありがとうございました**

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武田祥和さん
『あまから』のみなさん、お疲れ様でした。
『電車が来ます』楽しく拝見させて頂きました。

劇中何度も笑わせられました。
人を笑わせると言うのは本当に…泣かせる事よりも怖がらせる事よりも、
一番難しい事ですよね。
自己満足の表現ではなく、観客を喜ばせることを真剣に考えていなければ、
決して笑いは取れないと思います。
僕は演劇に関してはまったくの素人ですが、
『あまから』=『哲学コメディ』という芸(笑い)の方向性に間違いはないと思いました。
現状に満足せず、しかし焦らず(これが難しい…)芸のレベルを更に高めて行って下さい。

何が一番の応援になるかと考えた結果、僕が今回の劇を見て、
こうすればもっとおもしろくなるのではないかと思ったことを率直にぶつけることにしました。
ジャンルは違えど、自分も創作をする者ですから、
批評することがいかに楽なことかは理解しているつもりです。
ゆえに『作品』には、最大の敬意を持って臨ませて頂きますが、
力及ばず、不遜、無礼と感じられることがありましたら、どうかお許し下さい。
なお、批評は『笑いをとるために』という技術的な点にのみ絞っていたします。

では、参ります。

『電車が来ます』を観て数日が経ち、興奮と喜びが冷めた状態でまず考えたことは、
中盤以降はずいぶん笑わせられたけど、序盤はまったく笑えなかったという点です。
これは単純に中盤以降は劇が面白く、序盤は劇がつまらなかったのだろうかと。
どうも、そういう原因ではないという気がします。
序盤にだってネタ的にはくすりと笑ってもいいようなシーンが結構あったと思います。

ではなぜなのか?

当然のことですが、劇が始まる前、観客はこれから始まる劇が、
おもしろい劇なのか、つまらない劇なのかが分かりません。
そして、おもしろい劇だとしても、
それが自分を笑わせるのか、泣かせるのか、怖がらせるのか、
つまり、どう楽しませようとしているのかが分かりません。
そういう状況で、序盤、特に導入にあるべき脚本、演出は
「今日はみなさんを笑わせるつもりですよ〜」という意思を伝えて、
笑う準備をしてもらうものでなければいけないと思います。
今回の劇の演者の登場の仕方は、絵的なインパクトがありましたが、
今にして思うと同時に観客に緊張感を与えるものでもありました。
そしてつづく観念的な会話に付いて行くために、
観客は脳のスイッチをいきなり切り替えなければいけませんでした。
結果として観客は、心は硬く頭が忙しいという、笑いからはもっとも遠い状態で、
劇を見始めてしまったように、僕は思います。
当然劇が進んで、演者が活発に動き回り、
観客も独特の会話に慣れてリラックスしてくると、
ネタに反応できるようになりますが、今回の劇では、
場内そういう雰囲気になるのに結構時間がかかって、
序盤のネタが空回りするハメになりました。
ただ逆に言うと、そういう始まり方をしたにも関わらず、
途中からは笑いを引き起こしていたのは、やはり力があると感じます。

劇が始まる時には観客はまだ、日常の側にいますから、
異空間にうまく引きずり込むには、徐々に徐々に…。
発車のギアはローでいくべきかと。
もっともこれは、今の『あまから』の状態での話であって、
今後芸風が広く認知されたり、
場内の雰囲気作りをリードしてくれる常連さんが増えていけば、
当然色々なパターンがあってイイと思います。

もうひとつ、劇中のキャラクターについて。
僕は、もっともっとマンガチックに個性を持たせてもイイのではと思いました。
観念的な会話によって進行する『あまから』の劇では、
登場人物は皆、バックボーンが希薄になりますよね。
そういうゴーストっぽさは、今回の劇では、狙いでもあったとは思うのですが、
そうであっても、表情、声音、身振りで、
そのキャラ特有の思考や感情の変化のクセを、
もっと大きくメリハリをつけて表現して、
キャラごとの歪み方を分かりやすく観客に示すことはできないかと。
首を吊ったら死ぬんじゃないですか、いや死なないという、
僕としては一番面白かったあそこらへんの掛け合いのシーン以外では、
登場する3人の人物は役割が違うだけで、まったく同じ価値観、歪み方に見えました。
例えば、キャラクターには事前に、
「かっこつけるけど気が弱い」だの「理屈っぽいうえに被害妄想気味」だの
「間違ってても絶対譲らない」だのと、観客から見える分かり易い性格を与えたり、
あるいは「嘘をつくとき頭をかく」だの
「常に異様に汗をかいてる」だのといった記号を与えたりすると、
オカシサが増すんじゃないかと思うんですよ。
こういう分かり易さは、日常と異空間との架け橋にもなると思いますし…。


などと長々…ホント長々うざいこと書きましたが、
本当に今回の『電車が来ます』は素晴らしかったですよ。それはもう間違いないです。
劇そのものも楽しみましたし、難しい企画をやり遂げたことも、
宣伝して知人以外の一般客をたくさん呼び込んだことも、ホントに素晴らしい!
頭が下がる思いです。
自信を持って今後の活動に臨んで下さいね。
そしてこのまま、妙に芸術家ぶることなく、お客様第一の活動をしていって下さいね。
ある程度のレベルに達したところで、
「分かる人にだけ分かればいい」ってなっちゃう創作家って多いですけど、
それをカッコイイと思う様にはならないで下さいね。
お金に不自由しない家庭で、生活の苦労が無い人はそうして
偉そうにプライドを守っていくのも勝手ですが、
僕らみたいなのは、お客様がくれるお金で食っていくんですから、
マジ死ぬまでお客様第一主義ですよ〜。
きっと道が見えて来ますよ〜。
なんて最後は半分、自分にも言ってみたりな。

ではでは、劇団『あまから』の第3回公演を心待ちにすると共に、
更なる発展を強く強くお祈り申し上げマス。